K君は市内名門進学校に通う高三生。なかなかのイケメンだ。一流国立大をめざし、日夜勉学に励んでいる。数学や理科、社会などはまあまあ合格圏内に達しているが英語だけがチョット・・・ということで野村塾に入ってきた。
センター対策に30分、二次試験対策に30分、とにかく中身が濃い。彼の集中力の高さに感服するばかりだ。
そんなある日、彼がクスクス笑いながら語りかけてきた。「野村先生、英作をしているときは本当に楽しそうですね」
「ウン?」老眼鏡をかけたまま顔を上げ、彼を見入る。「そんなに嬉しそうかい?」
「ええ、表情も、話し方も、さっきと全然違う・・・」
そういわれ、はっと気づいた。確かにセンター試験を解くより英作のほうが楽しい。苦痛感がまったくない。ポケモンや妖怪ウオッチに興ずる子供のように夢中になれるのだ。難解な日本語の文章を英語に訳す・・・ただそれだけの作業だが、奥が深い。一仕事終えた時の達成感は格別! 自分で作り終えた家をみながらキセルタバコをプカーッとふかす大工のよう。
それにしてもなぜ自分はこんなふうになったんだろう? 学生の頃、紀伊国屋書店で立ち読みした本の中に朝日新聞コラム「天声人語」の英訳版があった。やっかいな日本語を見事に訳すその姿勢に感動を覚えたこともあった。
イモ欽トリオのハイスクールララバイがはやっていた、遠い昔の体験。きっとあの体験が自分の中に根付いたにちがいない。
「どうしてそんなに英作が好きなのですか?」K君の声がして、ふっと我に返った。さて何と答えよう? 平成生まれの彼に遠い昔の体験談など時間の無駄だろう・・・イモ欽トリオの説明から始めなくてはならないし。
そこで私はこう答えました。「3度のメシより好きだからだよ」と。(答えになってねえじゃん!)